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Spica BLOG

**本と乙女ゲーと雑記のブログ**

手放さない本

転勤族の家庭で育った為、実家を出るまでは引っ越しのことも考慮して一定数以上の書籍を手元に置いておけませんでした。
おまけに親から漫画を読むことを禁じられていたので、これまた実家を出るまで漫画が自分の本棚にあることがありませんでした。これについては通っていた個人の英会話教室に膨大な漫画があったためにレッスンの数時間前に行っては読み漁ったり(笑)、友人から借りるなどして流行にはついて行っていましたが…。

そして一定周期で手元に残す本の取捨選択という作業を何年も何年も続けていく中で、いつもいつもその作業を通過して残ってきた本が数冊。一番古いものはかれこれ20年近くから手元にあります。それは佐々木丸美さんの孤児シリーズ、崖の館シリーズです。私の手元にあるのは講談社文庫のものです。きっかけはクラスメートに【忘れな草】進められて手にしたことでしたがそれまで自分が読んでいた作品とは違う作風に一気にのめり込みました。当時でさえ発売されてずいぶん経っていた作品ばかりでしたから、どの書店でも置いてある状態ではありませんでしたし、当時はネットショッピングというものは全く普及していなかったので、放課後や休日に何店舗も廻って佐々木作品はほぼ集めました。
私は孤児シリーズも館シリーズも推理モノとして読んでいなかったので(多くの読者がそんな読み方をして感想を述べていたことすら近年になって知ったくらいです(苦笑))、佐々木作品から私は物や人の見方や考え方、美術や哲学や詩の豊かさ、人間の不可思議、恋の甘美さと怖さを教えられました。そして少なからず私の思考の根幹に今も影響を与えている存在が佐々木作品です。
ほぼすべての作品が絶版状態でしたが、この数年で復刊ドットコムで大体の作品が復刊されている状態になっています。多くが1970~80年代に書かれた作品であり、その後に数多くの作家から数多くの作品が発表され、時代も価値観も変わったこともあり現在、佐々木作品が万人に受け入れられる作品とは決していえないのだと私も思います。だからこそその当時、これらの作品に心揺さぶられた読者が再び手に取り手元において読まれていくことは作品にとって幸せなことなんじゃないかと最近思います。

そしてもう中島敦の【山月記】ももう長く手元にあります。最初にこの作品を読んだのは国語の教科書でした。こういってはなんですが全く興味を持てなかったし、なにより世界観が苦手でした。それでも不思議なことにいつのまにか文庫が手元にあり、この5,6年でこの作品が大好きになり、定期的に読み返すほどになりました。ふと仕事中に読みたくなると(←何故だ!?)青空文庫のサイトでサッと読みます。ふと読みたくなる時-きっと無意識に自分を戒める時のような気がしますが、本当の理由はわかりません(苦笑)。そして読み返せば読み返すほど、音読したくなります。たくさんの作品を読む機会はあるけれど音読して噛みしめたいと思うのは【山月記】だけかもしれません。学生時代(中学だったか高校だったか定かではないのですが…)の自分に今ならどんな言葉でこの作品の味わい方を伝えるだろうか…と考えるのですが、やっぱりそれは難しいと感じます。平凡な日々の積み重ねと経験が、いつのまにかこの作品の味わい方を教えてくれるのだと本気で私は思っているので。
反対にいくつになっても私は太宰治の作品の楽しみ方がわからないのですが…これもいつかわかるようになるんだろうか…。

長々書いていますがやはりボロボロになりながらも手元にあるのは川端康成の【古都】です。この作品は私が目にすることが叶わなかった時代の京都の街並みとその時代の日本人らしさを感じられるところがとても好きです。オーソドックスな楽しみ方ですが【古都】を読むときはいつも東山魁夷著【京洛四季】も一緒に引っ張り出しています。

そのほかにはデビュー作品から大好きな森身登美彦作品はすべて手元にあるし、実家を出てから反動のように買うようになったコミックも結構あります。
奇しくも本日そして明日と近年では最大となる本の取捨選択を行います。今回は手元に残す数を40冊前後と決めていますので、10数年手元にあった本も手を離れる確率が高いです。だからこそその分、大切に選択をしたいなと思っています。

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